宋版大般若経

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県指定文化財 有形文化財(書跡) 宋版(そうはん)大般若経(だいはんにゃきょう) (昭和28年9月7日指定)

 

宋(そう)(960〜1279 中国の王朝)の経典。

「大般若経」とは「大般若波羅密多経(だいはんにゃはらみたきょう)」の略であり、印度の仏教経典を玄装(げんじょう)三蔵(さんぞう)が漢訳したもので、全部で600巻から成る。一切皆空の深義を説き、諸々の執着から離れることを特色とする。

本巻は大慈寺二世剛中玄柔(ごうちゅうげんじゅう)和尚が、入元(げん)(1271〜1368 中国の王朝)を望んだが、高齢の故を以てその志を果たせず、島津氏久(しまづうじひさ)(島津氏6代当主 1328〜1387)の協力を得て、後年10人の禅僧を明(みん)(1366〜1644 中国の王朝)に派遣し、3年の月日を費やして大蔵経(だいぞうきょう)二蔵(2組)千二百巻を得て、持ち帰らせたものである。

二蔵のうち一蔵は大慈寺に、他の一蔵は天授(てんじゅ)二年(1376年)当時の本山東福寺(とうふくじ)(京都府)に寄せている。

しかし、大慈寺の一蔵は明治初年の門前の大火によりその殆どを焼失し、現在「巻第四百八十九 劔」と記された1巻が大慈寺に保存されている。

表には墨書で「大般若經四百八十九 劔」と記され、奥書(おくがき)には「紹興壬午五月朔」の年号が見られる。これは中国(南宋時代)の年号で「紹興壬午」は紹興(しょうこう)32年に当り、1162年の宋代の出版と推定される。巻末に「季意口口」の小黒印が逆さに捺してあり、蔵書印ではないかといわれている。用紙は黄麻紙(おうまし)、縦29.5僉幅11.5僂80面、468行の折本となっている。

東福寺に寄せられた大蔵経は現在も、東福寺の塔頭(たっちゅう) 即宗院に全巻を保存している。長さ75.5僉幅61.0僉⊃爾61僂旅塗りの箱に納められ、その1冊は橙色の表紙となっている。最後に「玄柔」の黒印と「至正(しせい)」の年号が記されていて、「至正」は元代の年号であり、正しく「元版蔵経」で完備しているという。

 


最終更新日時: 2014-12-23 (火) 12:43:40 (1523d)