「志布志」の地名発祥の地 の変更点


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志布志という地名は、665年に行幸された天智天皇が名付けられたと言われております。

女御の玉依姫を慕って九州まで行幸された天智天皇が船でついたところがこの地で、旧小淵橋の下流にあった広さ二坪ほどの岩(献上渕)から上陸されたと言われています(この岩は護岸工事のために現在はありません)。

当時、今の南九州市頴娃町に帰っていった女御の玉依姫を慕って天智天皇はこの地に行幸されました。遠い頴娃の地に住む玉依姫を偲ばれる天皇は、心淋しくなり気をまぎらわすためにこの地に仮の皇居を建てられました。
当時、今の南九州市頴娃町に帰っていった女御の玉依姫を偲ばれる天皇は、心淋しくなり気をまぎらわすためにこの地に仮の皇居を建てられました。

その時、天皇のお気持ちを察して布を献上した、この土地の女主人の優しい心にならい、召使いの女性もまた布を献上したところ、天皇は、上下の身分にある者が共にその志の厚いことを喜ばれ、「上下より布を志す誠にこれは上下の志布志である」と仰って、高濱の郷中すべて「志布志」と呼ぶようになったと伝えられています(「志布志記」より)。

その天智天皇御手植えと伝えられている樹齢約1,300年の大クス(国指定天然記念物)が安楽山宮神社にあり、国内の大クスの中でも樹形正しく樹勢盛んなことで知られ「日本一」と称されています([[志布志の大クス]])。

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*所在地 [#xaa85b29]
- 志布志市志布志町帖
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* 外部リンク [#taf51747]