仁王像 の変更点


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県指定文化財 有形文化財 彫刻 仁王像 一軀(いっく)昭和28年9月7日指定
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大慈寺入口の山門に向かって左側に立つ、阿形(あぎょう)の密述(みっしゃく)金剛(こんごう)の立像である。
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高さは2.29m、幅1.24mで豪快な石造美術として世に知られている。
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背面には


「天和二壬戌歳六月二十日 石工 藤田次郎右衛門


                    寄進 山下彌三左衛門尉盛明


                    住山 定岩叟」
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と刻銘されており、天和2年(1682年)の作とされる。


この仁王像は、明治2年(1869年)の廃仏棄釈により、一時取り除かれて門前の土中に没していたが、明治12年(1879年)1月に、大慈寺六十四世の拍州和尚の尽力により旧寺復興の時、土中よりその一体を発掘したものである。対になる吽形(うんぎょう)の一体は探り出すことが出来なかったため、同じく廃寺となった福寿山海徳寺(ふくじゅさんかいとくじ)(時衆宗)の仁王像を右に据え、対に安置したものである。
この仁王像は、明治2年(1869年)の廃仏棄釈により、一時取り除かれて門前の土中に没していたが、明治12年(1879年)1月に、大慈寺六十四世の拍州和尚の尽力により旧寺復興の時、土中よりその一体を発掘したものである。

対になる吽形(うんぎょう)の一体は探り出すことが出来なかったため、同じく廃寺となった福寿山海徳寺(ふくじゅさんかいとくじ)(時衆宗)の仁王像を右に据え、対に安置したものである。
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右の吽形の背面には、石工、寄進者とも同じ名前が刻まれ、「貞享元年」(1684年)の銘があり、大慈寺の仁王像に遅れること2年で造られたものである。

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